履正社学園コミュニティ・スポーツ専門学校(現・履正社医療スポーツ専門学校)の鍼灸学科に入学したのは、兵庫医科大学の医局で秘書として働いて5年目の、27歳の時でした。「自分のスキルアップにつながり、仕事として続けていける何かを学びたい」と考えるようになり、母親の仕事である鍼灸師が思い浮かんだのです。履正社で鍼灸を基礎から学び、国家免許を取得するまでの3年間は、脇目もふらず勉強に打ち込む日々でした。当時を思い返すと、プライベートを楽しみたい花のアラサー世代なのに(笑)、よく仕事と学業を両立して頑張っていたなあ……と我ながら感心するほどです。
卒業後は漢方内科医院で、医療秘書をしながら患者さんを治療したり、本校で教員として学生を指導したりといった経験を積むなかで、鍼灸の知識をもっと深めたいという思いが強まり、通信制の修士課程でも学びました。
そんな中で気づいたことがあります。それは「鍼灸をもっと世間に広めたい。鍼灸に興味を持つ人が増えてほしい」ということ。そもそも日本で鍼灸の受療率は10%足らず。どんなに腕を磨いても、鍼灸に興味を持ってくれる人がいないと、治療にまでたどり着けません。西洋医学の現場でも、鍼灸が治療法のひとつとしてもっと選ばれるようになるといいなと思います。私が現在、兵庫医科大学の医学部で研究補助をしながら、医学博士の修得を目指しているのはそのためです。医学博士という立場で鍼灸を研究し、確かなデータを基に治療の効果を医師に認めてもらうことで、鍼灸は医療としてさらに発展していくと思うのです。
たとえば、どこかの地域で定期的に「つぼ押しサロン」のようなものを開催すれば、参加者の健康維持につながります。研究機関の医学博士として活動することで、行政と連携して公衆衛生学の視点からデータを集めることもできる。この事例が他の地域へと波及し、全国に鍼灸の輪が広がるかもしれません。このように、暮らしに根づく鍼灸のおもしろい企画をたくさん考えていきたいと思っています。
鍼灸師の働き方はさまざま。
2022年、履正社で鍼灸学科の教員になって16年目を迎えます。現在は研究のかたわら、非常勤講師として「医療概論」と「衛生学・公衆衛生学」を教えるほか、学生の卒業研究の指導も行っています。履正社の学生は意欲があり本当に勉強熱心。若い世代の人と言葉を交わすのは、刺激にもなります。履正社で学び卒業していく皆さんには、その熱意を忘れず視野を広げて、自分の個性に合った鍼灸を見つけてほしいですね。
鍼灸師の働き方はさまざまなんです。鍼灸院や鍼灸整骨院、介護福祉施設、美容サロンなどに就職するのが一般的ですが、経験を積んだ後に鍼灸院を開業する、鍼灸の指導者になる、スポーツチームのトレーナーになるといった道もあります。日本の鍼灸治療は外国人にも喜ばれるので、海外での活躍も夢ではありませんし、私のように鍼灸の普及を目指すのもひとつの道です。
学会などで海外に出ると、日本にいると想像もつかないほど、世界での鍼灸の認知が広まっていることを感じます。アメリカや中国を中心に日々、最新のエビデンスや技術が生み出されて、発信されているのを見るにつけ、鍼灸にたずさわるものは、常に最新の情報をアップデートしておくべきだと思います。その意味では、学生時代から英語を身につけておくことも学生には強くおすすめしたいですね。
思えば履正社で鍼灸を学びはじめてから、長い年月が経ちました。その間、自信をなくしたり、つまずいたり……。でもその度に気持ちを切り替えて前を向いてきたから、今の自分があります。これから先も「履正不畏」の言葉のとおり、「しっかり、まっすぐ」進んで、鍼灸の普及に努めていきたいと考えています。